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川廷 宗之(Motoyuki Kawatei)
脚本
泣いた赤鬼
その他
プロフィール
登録日: 2025年8月10日
記事 (28)
2026年3月3日 ∙ 2 分
かかわらなければ/この愛おしさを知るすべはなかった/ ・・・No.31・・3月04日発信
かかわらなければ/この愛おしさを知るすべはなかった/この親しさは湧かなかった/この大いなる依存の安らいは得られなかった/この甘い思いや/さびしい思いも知らなかった/人はかかわることからさまざまな思いを知る/・・・は、塔和子さんの「胸の泉に」と言う詩の冒頭の一節である。詩は、(他)人とかかわることによって「人」として大きくなっていく、と書かれている。かかわらなければ多くの人がいても、何の意味もないとも。
今年も、多くの新年のご挨拶(年賀状)をいただいた。取り組んでいるテーマや、今の社会に関する所感や、近況報告が掛かれていて、なるほどと思わされるものも多い。中には、虫眼鏡が欲しくなるような細かい字でびっしりつづられているものもあるが、一方には・・・
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2026年2月3日 ∙ 2 分
物語詩「魔王」の登場人物の心境と動きは??・・・No.27・・2月4日発信
「魔王」の登場者は取り敢えず「父親」・「我が子(坊や)」・「魔王」・(「魔王の娘たち」)と考えてよいだろう。一つの流れとしてして演じるには、「語り手」がいた方が良いかもしれない。
とすれば、その一人一人の心境や行動をどう想像するのだろうか。
「父親」は大切な大切な「我が子」に何を思いどうしようとしていたのだろうか。
その「我が子」は、「父親」に何を伝え、どうしようとして欲しかったのだろうか。結果的にどうなったしまっただろうか。
そして「魔王」は。「魔王」は何故、その子を欲しがったのであろうか。どうすれば、奪えると考え、どういう方法を考えて実行したのだろうか。そこでの「魔王の娘たち」は何をどうすれば「我が子」を引っ張れると考え、実行したのだろうか。そもそも、なぜ嵐の夜に「父親」は、わざわざ「我が子」を連れて馬に乗って走らなければならなかったのだろうか・・・
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2026年1月28日 ∙ 2 分
ゲーテの詩「魔王」を味わう ・・・No.26・・1月28日発信
ロープレとして、どんな内容をどう扱うか、事例がないと分かり難いかもしれない。その事例としてゲーテの詩「魔王」を取り上げてみる。取り敢えず、「詩」を、味わってみよう。
魔王
この夜ふけ 風を切り
馬を駆りゆく ひとはだれ?
腕にしっかり あたたかく
いとしいわが子を 抱きしめる父
「我が子よ、どうして顔をかくすの?」
「おとうさん、魔王が見えるでしょ 冠かぶった あの魔王」
「わが子よ、あれは霧なのだ」
「かわいい坊や ついておいで ・・・
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