AI対大学・勝(かつ)のはどっち❓ ・・知識伝承教育の限界・・ VETミッション・・・No.65

文部科学省が2030年度から始めるという「新たな大学評価」に関連する文書の中で、学生達に対して、「偏差値やブランドや場所で選ぶ」と批判している。しかし、これは、学生側から見れば、就職やバイト先や友達選び(全部授業ではない点に注目)等、それなりの意味があるからである。≪そもそも、学生達が「授業での学び(の質)」は、大学選択時の考慮事項になっていない点も、大学側は、深刻に受け止めるべきだろう。≫ また、学生に選ぶ力がないという批判もあるが、それは、高校までの段階で、選ぶ力量を育ててこなかったからで、彼らの責任ではない。
このVETミッションのNo.60.(※巻末2)でも触れたが、(大学)関係者は、学生たちの(聞かれれば応える模範解答ではなく)本音として何を考えているのかを、推測したことがあるのだろうか。学生達は、どうせ自分で選ぶ能力はないから、代わりに示してあげるのだなどと、考えているのではなかろうか。
実態は多分違うだろう。学生達にも色々な学生がいるので一概には言えないが、選ぶ力量のある学生も、行きたくもない大学にみんなが行くので仕方がないから行くかと思っている(そもそも大学に進学することをほんとは選んでいない)学生も、(経済的など)諸々の事情もあるので、取り敢えずバイトしたりするのに都合の良い所でいいいや、と思っている学生もいるだろう。選択理由はともあれ、それぞれ自分の事情をしっかり考えて選んでいるのである。
何故学びが中心で選ばれないのか。それは、真面目に大学を学ぼうと考えても選ぶ材料がないからである。受験生向けの大学案内には、就職先の状況などとともに、学部や学科の学習内容の概要しか紹介されてない(それすらない大学もある)。具体的な学習内容や、最も重要なはずのこれができる様になるという学習の効果(メリット)が(国試合格など以外に)殆ど示されていないからである。教員との出会いに(無意識の内にも)とても気を使っている受験生に、この教員からのメッセージも含めて、大学での学びや研究はこんなに面白くて楽しいものだから、ぜひ、わたしたちのところにいらっしゃいというメッセージを出していないからである。(これは入学後の科目選択でも同じだが。)
コロナ禍が終わりに近づいた頃、「学生が大学に登校したがっている、彼らは授業に出たいのだ」と言うような、大学教職員の声が報道されたことがあった。この時もその頓珍漢さに笑ってしまったが、一部の学生がそうだったとしても、大半の学生は友人に会ったり、サークル活動に戻りたかったり、図書館などの学習環境が欲しいから登校したかったのだろう。講義式の質問もない様な授業は、オンラインで充分、出来ればオンデマンドの方が良い(倍速で見られるので効率的)ということが分かってしまったからである。
本来、学習は学生が自ら行う物であり、個々の学生の学習をより発展的に学べるように支援するのが、高等教育機関の学習支援(授業)の意味(だからアクティブラーニングと言う方法になる)であろう。学習を頑張れば、これだけの力量が身に着くという明確なメッセージがなければ、お客(学生)は(積極的には)来ないだろう。だからこそ、前向きの研究を面白がって積み重ねている研究者でもある教員がその任に向いている(その生き様や、後ろ姿を含めて)のであろう。
この様な原点に立つならば、繰り返すが、そういう教員だからこそ、この学問は面白いから(重要だから、役立つから、意義があるから、夢があるから)一緒にやろうよというメッセージを「自由に」発信出来るのだろう。(表現の形式も、内容によっていろいろな伝え方
があるだろうから、自由でなければならない。)

そのメッセージが、本来の『シラバス』の重要部分なのである。
そして、それを発信している大学こそが、生き残る大学になるだろう。
多分、国際的なAIも、それを評価するだろう。
≪それなら、AIに高く評価されるシラバスをAIに作ってもらおう、という教員もいる??≫ ≪学生は、単なる知識伝承授業なら、学生はAIに聴けばよいと、実際にその様に行動している(レポートもAIに書いてもらう)様だ。≫ ・・ん???・・どうなっているのだ・・。
突破法を考えたい方は、VETミッションNo.63及び、次回(No.65)を参照してください。 (泣いた赤鬼・川廷 宗之・記)
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