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クリティカルシンキング(批判的思考)・・主体的に「体験して」「考えて」・・               VETミッション・・・No.62・・2026年10月07日発信

8 時間前
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 30年近く前、当時、私は東海大にいたが、学内の会議でしきりに語られていたのは、「クリティカルシンキング(批判的思考)」だった。理系の教員の多い東海大では、特に理系学部の教員を中心に、授業の中でこのクリティカルシンキングをどう展開するかが課題とされていた。その中から、問題発見・問題解決型学習という考え方での授業展開も生み出されていった。後にPBL(Problem Based Learning)として、アクティブラーニングの重要な方法の一つとして紹介されていく授業展開の方法である。

 当時から言われていたことではあるが、最近再び、このクリティカルシンキングが上手くできない人が増えていて、これは拙いのではないか、という新聞論調などが散見される。確かに、様々な私的だったり公的だったりの事態に対し、根拠や前提を確かめながら多角的に考えているとは考えにくい結果や判断も少なくない。特に、それは、本当に事実かを確認する(根拠が十分にあるか)事や、考えていくための前提に思い込みはないかとか、結論は飛躍していないかとか、別の見方を検討したかとか、という点で、疑問な判断は少なくない。(情緒的な面が強い私から見ても不思議な判断が多い。)

 これが出来ないと、非常に強い思い込みに左右されて、最終的には(言葉を含めて)暴力的な対応に至る場合が少なくない。例を挙げれば、個人的な思いこみでのストーカー殺人や、某国の大統領や首相による戦争開始などである。どちらもクリティカルシンキングをすれば、それでは最終的な問題解決にならないどころか、下手をすれば却って問題を大きくすることは分かるはずだが、それが出来ない。大半のハラスメントも同様である。両方とも、周囲の人に多大な損害を与える(何の理由もないのに殺されてしまう)だけに、このクリティカルシンキングが出来ない、情緒的思い込みでの判断でしか動けないという人が多いというのは、とても大きな問題であろう。

 何故なら、クリティカルシンキングが出来る様になったことで人類は発展してきたのだし、人間は成長する(問題解決が出きる大人になる)のだからである。クリティカルシンキングが出来ないと、その場の情緒的な判断で動くことになるので、多くの場合、当面はともかく最終的には幸せになれないし、楽しくないことになる。

 体験に基づく判断というのもあるが、この意味ではどういう体験をしているか、その体験からどういう思考を積み重ねているか(クリティカルシンキングをしているか)も大きな問題である。体験の内容がその人にとってワクワクするような楽しい体験の積み重ねが望ましいし(辛い体験も意味がある場合もあるが)、その体験から単に面白かったと言った情緒的な受け止め方に終わらせるのではなく、どうして面白かったのか、再びその面白さを味わうのはどうしたらよいかとかの「何を考えたか」もとても重要である。

 この体験を基礎としたクリティカルシンキングを身に着けていることは、問題解決にとても重要である。何故なら、解決しなければならない問題は、現実の体験に関わってくる実生活上の問題だからである。しかし、実際には、この体験の重要性に気が付かないで、体験の裏付けを全く持たない、言語だけでロジカルシンキングを展開する人も増えている。ロジカルシンキングが出来ないというのも問題だが、クリティカルシンキングの基礎となる「実体験」が足りないことに全く気が付かないで、展開するのも大失敗につながる可能性が高い。

 しかも、この様な体験無しのロジカルシンキングに対しては、人類(を滅ぼしかねない)に強敵が現れてきている。AIである。         (泣いた赤鬼・川廷 宗之・記)

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〇このVETミッションの内容に対しては、色々なご意見(異見)があり得ると思います。よろしかったら是非、投稿いいただければ幸いです。  

投稿先・info@rdipa-vet.org 

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