「感じて、まねする」から始まる「暮らし」(人生) ・・・No.37・・4月15日発信
- (一社)職業教育研究開発推進機構
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「暮らし」の分類表である、ICFの「活動と参加」の最初の章は「学習と知識の応用」であるが、この最初に出てくるのが、「目的を持った感覚的経験」であり、「基礎的学習」である。面白いのは、この「基礎的学習」の最初が、「模倣」=真似(まね)すること=であり、その次が「反復」であることである。
先ずは、真似して、出来る様になるために反復する。真似をするためには、よく見て、よく聞いて、良く感じなければならない。この三つが、最初の「目的を持った感覚的経験」の内容である。美味しいものを作れるようになるには、まずは見た目も音も、味や匂いも、硬さや触り心地も、個々の違いを確認し、これが良いというものを意識的に感じ取ることが必要である。こういうことを意味する「目的を持った感覚的経験」が最初に出てきて、次は、真似して練習して出来る様になる「模倣」と「反復」が続く。
この「見よう見まね」が私たちの日々の暮らしのイロハのイであり、先ずはこの「感覚的体験」と「学習」から始まるとICFは示唆している。その内容を分類整理してわかりやすくしてもいる、ICF(国際生活機能分類)というのは面白い資料だなと思う。
そう思うのは、この「見よう見まね」は、赤ちゃんが人間に変化していく時の最初の学びであり、その後も、学び方は変化していくだろうが、この「見よう見まね」は、大人になっても何をするにも、学ぶこと基本であり、この上手下手が「暮らし」の楽しさや中身を左右していくことになるからである。
「見よう見まね」の上手下手は、見る、聞く、感じるの「目的を持った感覚的経験」の量や質にされるであろう。良い音楽を聴けていなければ、良い音を真似できない。勿論、良い音も出せない。木登りをする友達を見て、自分も登ろう(まねする)と思い、(よく見て、反復練習をしてコツをつかんで)登れるようなる。美味い料理ができるためにも、単にレシピを見ただけでは、上手く行かない。美味しい「味」や「匂い」や見た目の美しさや食べ心地を体験していないと(知っているだけではなく、感じをつかんでいないと)、美味しい料理は作れない。こういう感じたり、真似したり、反復したりする過程で、「コツ」の掴み方(見方、聞き方、感じ方、真似したり、反復練習の仕方)も学んでいく。ICFはこれを、音を出すというような「基本的な技能」と、料理を作るような「複雑な技能」を含む「技能の習得」と表現している。この「複雑な技能」を習得するには、読んだり、書いたり、計算することの基本が必要な点もICFは触れている。
そして、「技能の習得」まで行って、出来る様になれば、楽しい! 自信がつく。もっと他の事も、難しそうなこともやってみようと思う。取り組んで、失敗しながらもできる様になれば、次が開かれる。この繰り返しで、どんどん自分自身の意欲と努力で発展していく。その内容は一人一人異なるので、個性が生まれ、他者との違いが際立ってくるので、そこにまた、模倣の課題が生まれてくる。
しかし、筆者が危惧するのは、最近の日本では、この「見よう見まね」が上手すぎて、それしかできない人が増えているのではないかということと、そもそも「見よう見まね」ができない人が増えているのではないかということである。この両極端な傾向は、どちらも、個性が生じた者との違いが出てきて(見えてきて)、新たな(模倣などの)課題が見えてくる創造的な「楽しい暮し」を展開していくにはマイナスである。
此の点についても、ICFは見事な解答を示しているので、それを参照しながら、次回考えてみよう。
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ご意見送付先・ kawateikaikyo@yahoo.co.jp (泣いた赤鬼・川廷 宗之・記)
