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ICF「国際生活機能分類」②・・「生活」「人生」を味わう基礎・・VETミッション・・・No.41・・5月13日発信


 ICF「国際生活機能分類」では、人間が生きていくことを、先ずは「心身機能」「身体構造」「活動と参加」「環境因子」の4つの側面で、分類項目を示している。

 その中で「生活行動」を分類しているのが「活動と参加」である。生活行動は、自分で(個人レベルで)課題に取り組んだり何かをする「活動」と、社会(人間などで構成される)とかかわる「生活」や「人生」の場面を示す「参加」とがある。しかし、この「活動」と「参加」は表裏一体で切り離せない内容もあり、その意味で、「活動と参加」は一つのまとまりとしての分類になっている。その分類(構成要素)は1.学習と知識の応用 2.一般的な課題と要求 3.コミュニケーション 4.運動・移動 5.セルフケア 6.家庭生活 7.対人関係 8.主要な生活領域(教育・仕事と雇用・経済生活) 9.コミュニティライフ・社会生活・市民生活 の9つである。このうち、1と2は「活動」の要素が極めて強く、7・8・9は「参加」の要素が極めて強い。挟まれている3・4・5・6は「活動」と「参加」の両方の側面を持っている

 更にその内容をよく見ていくと、1・2・3・4・5などに関しては、その人の心身機能の状態が大きく影響している(ある意味で制約要件になっている)とも云える。従ってICFでは、この点を踏まえ、「心身機能」では人間の体に備わっている様々な機能について、1.精神機能 2.感覚機能 3.音声と発話機能 4.心血管・血液・免疫・呼吸・機能 5.消化器・代謝・内分泌・機能 6.尿路・性・生殖・機能 7.神経筋骨格・運動・機能 8.皮膚・関連・機能 に分類している。このICFの前身であった、ICIDH段階では、心身機能の分類が主軸であったせいもあり、又、医学での分類との関係もあり、この内容はかなり細かく整理されている。

 更に、「活動」と「参加」のほぼすべてに大きく影響してくる要因としては「身体構造」が関係してくるので、ICFは「心身機能」に対応させて身体構造の分類枠組みも示している。「活動」「参加」への「心身機能」「身体構造」の影響は、現状の社会生活ではかなり大きな影響があるが、将来に向かって乗り越えていく課題ともいえるだろう。また、「心身機能」「身体構造」は一体で考えてしまう場合もあるが、別々の分類枠組で捉える必要がある点も、このCFの分類枠組は示していると言える。その一つの大きな例示が障害者スポーツであり、パラリンピックであると言えるだろ。身体構造上の制約があってもその心身機能は様々な方法で「活動」面でも「参加」面でもカバーできるということを示している。

 こう考えると「(社会)参加」に関しては、様々な「環境」が大きく影響していることが読み取れる。この点に関しICFは「環境因子」として、1.生産品と用具 2.自然環境と人間がもたらした環境変化 3.支援と関係 4.態度 5.サービス・制度・政策 の5つに分類している。この分類のうち、1.2.5.については、環境として普通に思い浮かぶであろうが、3.4に関しては、家族や友人や職場などでの関係者や、他者を支援する専門職や、よく知らない人や、ペットなどとの関係などまで、因子として分類されている。3.に対応する「態度」の分類は、現在の日本で大きな問題となっている「いじめ」や「自殺」を考える時、きちんと考えておく必要を示していると云える。

 なお、「活動と参加」の9つの分類は、更に20のブロックに分類され、さらに細かく82項目に分類されている。「生活(活動と参加)」について考える場合、9つの第1分類だけではなくブロックレベルで意識する必要があると考えられるので、以下、紹介をしておこう。1.学習と知識の応用(*目的を持った感覚的経験*基礎的学習*知識の応用) 2.一般的な課題と要求(*ブロック無し) 3.コミュニケーション(*コミュニケーションの理解*コミュニケーションの表出*会話並びにコミュニケーション用具及び技法の利用) 4.運動・移動(*姿勢の変換と保持*物の運搬・移動・操作*歩行と移動*交通機関や手段を利用しての移動) 5.セルフケア(*ブロック無し) 6.家庭生活(*必需品の入手*家事*家庭用品の管理および他者への援助) 7.対人関係(*一般的な対人関係*特別な対人関係) 8.主要な生活領域(*教育*仕事と雇用*経済生活) 9.コミュニティライフ・社会生活・市民生活(*ブロック無し)

 大枠の紹介でも少し長くなったが、私たちが自分自身や、他者の、「人生」や「生活」考える場合は、以上の分類位を含めてイメージしておくことが重要であろう。もちろん、自分なりに、大事にする項目もあれば、大事にしないと(自分の意志で)決める項目があるのは、当然である。それがその人の個性であろう。とすれば他者も同じことで、それぞれ個性があるのだが、それを見ぬくには、上記の分類すべてに関し、観察し確認することで、理解できるのである。

 ある意味では、これらは「体験的に解かっているはずだ」とか、「常識だ」とか、考える人もいるだろう。しかし、仮にそうだとしても、人間はどこでどうこれらを学ぶのであろうか。又、学べないとどうなるのであろうか。次回考えてみよう。

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ご意見ご質問・送付先・ kawateikaikyo@yahoo.co.jp (泣いた赤鬼・川廷 宗之・記)


 
 
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