「生きていく」って、どういうこと ・・どこで学ぶのか・・ VETミッション・・・No.42・・5月20日発信
- 川廷 宗之(Motoyuki Kawatei)

- 3 日前
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「人間として生きることを学ぶ」は、ユネスコ21世紀教育国際委員会が1996年に報告した「学習の4つの柱」の4つ目(最後)の柱である。この、「人間として生きること」は、私たちは何処で学ぶのであろうか。「人間として」という点も、「生きること」という点も、どこでどうやって学ぶのであろうか。人生を生きていくうちに段々に解ってくるものなのだろうか。
教育に関する20世紀末からの国際的見解では、「教育」から「学習」支援への転換を提唱している「学習権宣言」(ユネスコ国際成人教育会議・1985年)も「人間としてどう生きるかが課題」と指摘しているし、その「生きる」ことの内容に関してはICF「国際生活機能分類」などで具体的に分析整理した内容もある。また、人類の一員として何が課題かが占めされている国際宣言はいくつかあり、その蓄積の上で、SDGsなどがまとめられている。しかし、これらの教育に関する国際的見解は、日本の教育学の(いわゆる)教科書には、殆ど取り上げられてはおらず、従って、教育関係者すらほとんど知らない。
日本での教育目的・目標は、教育基本法第1条(教育の目的)や、第2条は(教育の目標)に書かれているが、日本「国民の育成を期」すとなっていて、一人の自立した個としての「人間として生きること」を教育するとは読みがたい。さらに言えば、一人の生活者として人生を楽しむ(自由に幸福を追求する・・日本憲法第13条)という雰囲気は感じられない。さらに心配なのは、第2条(教育の目標)の5項目には、それぞれ「身体を養うこと。」「態度を養うこと。」という表現になっていて、「(生きる)能力を身に着ける」とか、「生きる力(技)を修得する」とかになっていない点である。
今や、国際的な影響抜きには考えられない中で、私たちが生活していくには、国際的市民として生きるざるを得ず、その力を身に着けるのは、そう簡単な事ではない。現に「自立した個を肯定しない(国民としての一定の資質が求められる)」で「生きる」ことも教えないので、結果として(と言えるかどうかの証明は難しいが)、「死」の理解も進まず、子供の自殺の増加傾向は止まらない。国際的に進出しようとしたり創造的な活動を行ったりしようとする人も少なくなっている。
また、「ワークライフバランス」が大切だと、仕事以外の生活の重要性が指摘されているが、この場合「ライフ」の内容は何か、よくわかっていない人も少なくない。その結果、運よく高齢になるまで生きのびたのに、「毎日日曜日で、何をしたらよい(どう生きたらよい)のか分からない」という高齢者も少なくない。
この様な意味で、私たちは改めて、「生活」にはどんな要素が含まれているかを、個人的な経験則としてだけではなく、系統的な分類枠組みとして、きちんと自覚しておく方が、自分の人生の可能性をより広くとらえられるし、夢を広げ、楽しい人生を創っていくことにつながりやすい。
「生活」や「人生」に関する、その系統的分類枠組みが、。ICF「国際生活機能分類」なのである。とすれば、改めて自分自身の生活を見直すうえでも、このICF「国際生活機能分類」を活用できる様に学んでいくのは大きな可能性への扉を開く事になるのではなかろうか。
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