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生活を楽しむ・・「買い物」・・ VETミッション・・・No.47・・6月24日発信


 物価が上がれば、生活防衛のためには、支出を切り詰めるしかない。しかし、物価などあまり気にしないで、これは美味しいだろうなとか、これでどう楽しもうかとイメージしながらの買い物は、それなりに楽しいしかし、ささやかな楽しみである食品に関しても、〇●スーパーの方が〇円安いからそちらで買おうとか、生活防衛を考えながらの買い物は楽しくない

 楽しくない理由や、何故生活防衛に追い込まれているか、その対応策を考えるのは、大切なことだ。しかし、それを考えても当面「支出を切り詰める」生活は楽しくないのは変わらない。であれば、生活をどう楽しむか考える方が、楽しいだろう。

 例えば、買い物をしないで、食料は家庭菜園で作ればよいと言うのも、一つの考えだろう。何でも買おうと考えるから、思うように買えないと楽しくないとなってしまうのだろうから。しかも、多くのばあいは、特に農作物は気象条件とか色々な要素に左右される場合も多いので、そう簡単ではない。が、その中で自分なりに色々と工夫して、自分の体を動かして取り組んでいくのはとても楽しい。失敗もあるが、其れを次回の挑戦に生かせる限りは楽しい体験になりえる。

 ただし、この場合も、一部は購入が必要である。材料や道具がないと物を作ることはできない。野菜作りも、「土」作りからやった方がうまく行くので、「土」自体(肥料を含む)を買ってくる必要がある場合もある。でも、こういう創造的な買い物は楽しい自分で何のために何を買いたいかは解っているからである。目標への迫り方を考えて、買うか買わないかも自分で決めればよいからである。理屈っぽく言えば、この時の買い物は、自分が主人公(主体=自分の自由意思での考えと行動)だから、楽しいのである。夕食の都合で、無いと困るから買うのは、あまり楽しくない

 こういう買い物客を想定して、お店の方も、買う気にさせようと、色々と工夫している。(自分たちが何を売りたいかではなく)買い物客が何を欲しがっているのか、色々と考えている。その工夫ぶりを見ながら、選んでいくのは楽しい

 しかし、時に、あんたの(様な貧しい人が)来るところではないよ、と言う対応をされることもある。こういうお店には、二度と行かないが、実に楽しくないなぜか。私という「人間」ではなく、背後にある「お金」を相手にしているからである。

 つまり、「買い物」が楽しいのは、自分が自分の主人公として判断し行動できる場合だからである。(売る側も、それを意識して、顧客の要望の対応しようとしてくれるからである。)

 どうやら、この自分が自分の主人公でいられれば楽しいというのは、他の多くの場合にもあてはまるのではなかろうか。次回以降考えてみよう。


(泣いた赤鬼・川廷 宗之・記)

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〇このVETミッションの内容に対しては、色々なご意見(異見)があり得ると思います。よろしかったら是非、投稿いいただければ幸いです。


 
 
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