「楽しい」を支援する「楽しさ」・・「一緒に楽しさの実現をめざして」・・VETミッション・・・No.53・・2026年8月5日発信
- 川廷 宗之(Motoyuki Kawatei)

- 1 日前
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更新日:11 時間前

顧客(利用者)が、日々の生活や活動を楽しめるようになるには、本人がやりたがっていることを夢中になってやれることだ。自分が望んでもいないことを、誰からか指示されてやらされるのは、楽しくない。苦痛ですらある場合も多い。たとえそれをやれば自分にとって楽しいことにつながるはずだという説明をある程度理解しても、やはり、楽しくなさそうなのはやりたくないのである。つまり楽しさは人によって千差万別であると認めることが、人間には個性があるという原則を確認することだ。
では、サービス提供者(店員・支援者・支援専門職者・など)は、顧客である利用者に個別の楽しさを提供できればよいのか。(例えば、病気を治す、〇●が出来る様になる、など)基本はその通りである。この場合、支援専門職は顧客が望む楽しさを実現(生活や活動が出来る様になる)できるかどうかで、専門的な(治療や支援など)能力を問われる。
しかし、事はそう簡単ではない。問題は、顧客である利用者が、自分で何をどうしたいのか何が「楽しい」のかが解らない場合である。この「解らない」には、何となく自分では楽しいと感じることはあるのだがうまく言語化できないという場合と、何が楽しいのか全く分からないという場合がある。(長年、他者の指示通りに行動してきた方々の中には、突然毎日が日曜日になっても、何をしたいのか分からないとか、楽しさを味わった経験が極めて少ないとか、とか)
前者の場合は、支援者はそれを理解するために、言語的なやりとりだけではなく、顧客本人の行動(嬉しそうな表情)など、ノンバーバル(非言語)なコミュニケーションで、理解していくことになる。この理解のためには、支援者は楽しいことに関する幅白い知識や情報だけではなく感覚的なアンテナを持っている必要がある。
後者の何をしたら楽しいのか全く解らない場合は、何を楽しいと感じるのか発見していくべく、色々な情報を提供し、Yes-Noを確認しつつ、Yesに関する様々な体験の場を提供して、感覚的にも活動体験としても、試行錯誤を繰り返しながら、楽しい事を見つけ出していくことが重要になるだろう。この場合、支援者は様々な楽しそうな体験ができる環境を用意できるかが問われる。この場合の環境は、多くの場合、自然環境や様々な用具を含む。が、自然環境や様々な用具には様々な危険を含む場合も少なくないので、本人の嬉しそうな表情や希望に合わせつつ、本人と支援者の力量とのバランスを考えながら、楽しそうな体験の幅をギリギリまで広げることが、求められる。
このように書いてしまうと、事は簡単のように思えるかもしれない。しかし、顧客本人の楽しいことは様々であって、非常に多岐にわたる。ある程度、楽しそうな内容が解ってきたら、その内容領域の専門家と協力しつつ展開が求められるなど、支援者には幅広い人脈も求められるだろう。(AIの活用可能性もあるが、具体的活動が出来ないので、上手く行かないだろう。レシピだけでは美味しい料理は出来ない様に。)
では、支援していくには、支援者は「支援」という立場や役割をどの様に考えればよいのだろうか。本人のやりたい事が出来る様に、もてる能力を活用して支援を行っていくだけで、支援者は楽しいのだろうか。多分、これは上手く行き始めるともの凄く楽しいのである。なぜか、勿論、本人が楽しんでいる、喜んでいるのを見るのが楽しいということもある。しかしそれ以上に楽しいのは、支援者が顧客(利用者・本人)に合わせて、新たな環境を創り出していく楽しさを味わえるからであり、自分の創造力の成長発展に気付く楽しさを確認できるからである。普通に「楽しい」の要素は色々とあるが、自己実現につながる成長発展の達成感は、「楽しい」の重要な要素になりえる。
言い換えれば、支援者は、一人一人の顧客とともに、その顧客の夢の実現を共通の目標として、一緒に共同作業(活動)をしていくことを楽しめるからである。その意味で支援者は、接している顧客の数だけ、多様な楽しさを味わえるのである。
しかし、現実は、忙しくて一人一人の「楽しさ」なんか考えている暇はないし・・、とか言う声が聞こえてきそうでもある。カスハラとか「感情労働」とかも問題になっている。これらについては、次回、検討してみよう。
(泣いた赤鬼・川廷 宗之・記)
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