【職業教育コラム(宮田雅之①)】「実学」の二大巨頭 ~福澤諭吉と新渡戸稲造~
- 宮田 雅之(Masayuki Miyata)

- 2025年9月3日
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「職業教育」と似た言葉に「実学」がある。コトバンクによると「(理論的研究・基礎的研究に対して)習った知識や技術がそのまま社会生活に役立つような学問」と定義されている。机上の学びではなく、現実の社会や生活に役立つ実用的な学問を指している。
「実学」と言えば、多くの人たちの頭に浮かぶのは「福澤諭吉(1835~1901年)」であろう。福澤は「学問のすすめ」などの著書を通し、西洋の自由主義・合理主義に基づき、実用性を最優先に位置付け、国家の近代化・国民の自立に寄与する知識を広めた。まさに日本における「実学」の祖である。
一方、福澤以外にも「実学」的思想を持っていた著名人は多数存在する。西周、大隈重信、渋沢栄一などが挙げられる。その中で福澤とは異なる視点で「実学」に大きな影響を及ぼした存在として「新渡戸稲造(1862~1933年)」は注目に値する。
新渡戸は「武士道」などの著書を通し、日本人の精神性を広く海外に紹介した。教育人としてだけではなく国際人(国際連盟の初代事務局次長)として活躍した人物である。広い見識を持った新渡戸が行きついた教育理念が「実学」である。遺した言葉の中にその本質を垣間見ることができる。
「僕は詩を作るより田を作れ主義である。」「僕が農工と云ふ様な実学の普及を希望するのも、亦(また)此(これ)趣意に外(はずれ)ならぬ。」(著書「修養」より)」
「子弟を教育するその目的は、先ず十中の七、八まで職業を求むるに在る。」(随筆「教育の目的」より)
福澤が西洋思想を基に「実学」を広めた「動」「拡大」の巨人であるのに対し、新渡戸は西洋思想と日本の文化・精神性との融合を通して「実学」を日本に根付かせた「静」「深耕」の巨人、と筆者は仮設を立てている。
福澤と新渡戸は、共に旧紙幣(1万円札、5千円札)の顔を担ったことに加え、近代日本の「実学」を築いた二大巨頭であったと言えよう。今後も両名の功績を様々な角度から研究して行きたい。

一般社団法人職業教育研究開発推進機構
代表理事補佐 宮田雅之