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【職業教育コラム(宮田雅之③)】人格教育にみる新渡戸稲造の独自性


新渡戸稲造の「実学」や職業教育論は、人格教育と強く結びついている。同時代の教育者として「実学」を推進していた福澤諭吉や森有礼(もり ありのり)と対比して考察すると、新渡戸ならではの主張を垣間見ることができる。

 

新渡戸は「職業教育=技能訓練」では不十分だと考えていた。農業や工業といった生活に直結する知識・技術を学ぶことを重視しながらも、それが単なる生計手段ではなく、人間としての人格形成につながるべきだと主張していた。新渡戸の言葉「僕は詩を作るより田を作れ主義である」も、実用的で社会に貢献する学びを重んじながら、その根底に人格形成を置いていることを示している。


新渡戸はキリスト教(クエーカー教)に深く影響を受けており、教育を「人格を完成させる道」として位置づけていた。また新渡戸の遺した書「心外無別法(しんげむべっぽう=心の外に別の真理や方法はない)」という仏教(禅)の言葉に象徴されるように、道徳や信仰を内面的な人格形成と結びつけている。単に西洋の学問を移入するだけでなく、日本の倫理観や信仰と統合しようとした点に独自性を見出せる。


一方、慶應義塾の創立者である福澤諭吉は、「実学」を「独立自尊」「文明開化」に結びつけ、西洋的な合理性を基に、「社会で役立つ知識と行動力」を重視していた。また、伊藤博文内閣で初代文部大臣として義務教育制度を整備した森有礼は、国家の近代化政策の一環として、国家全体の競争力強化を目的とした「実学」教育を推進した。


両者と比較すると、新渡戸は、社会や国家のためありきではなく、「個人の内面的完成=人格教育」を基盤に置きながら「社会的実用性」と両立させることを目指した点に大きな特徴があるのではないかと筆者は考える。


人格教育と職業教育を不可分とみなし、信仰や倫理を背景に、個人の成長と社会的実用を調和させた新渡戸は、「実学」の萌芽期における革新的な存在であったのかもしれない。単なる「知識」ではなく、「実践」との結びつきを追求している点を見逃してはならない。



一般社団法人職業教育研究開発推進機構

代表理事補佐 宮田雅之






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