【職業教育コラム(宮田雅之②)】新渡戸稲造と実学
- 宮田 雅之(Masayuki Miyata)

- 2025年9月10日
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「僕は詩を作るより田を作れ主義である。」
これは新渡戸稲造が著書「修養」の中で述べた一文である。現実社会に役立つ知識・行動を重んじる新渡戸が「実学」の大切さを語る象徴的な言葉といえよう。
新渡戸は、決して詩や文学的趣味を否定しているのではない。それが自己満足や遊戯に終わるならば、社会や生活の糧になる「田を作る」こと、すなわち現実的で有用な営みを優先すべきだと主張している。
新渡戸が活躍した当時の日本は、「殖産興業」すなわち「生産を増やし産業を盛んにすること」を国家の目標として掲げていた。新渡戸は、札幌農学校(現・北海道大学)で農学を学んだこともあり、農業を産業の核として捉え、学問を産業や国民生活の向上に直結させる「実学」が大切であると説いていた。
一方、新渡戸は「実学」を単なる「知識・技術の習得」という狭義に捉えていない。勤労を通じた人格の陶冶(※1)、倫理的な涵養(※2)も含めて考えていた点に、新渡戸の特徴を見出すことができる。知識や技術を持っていても「人間性」が欠けていては本当の意味での学問にならない、と新渡戸は繰り返し述べている。
新渡戸が初代校長を務めた新渡戸文化学園(東京都中野区)には「心外無別法(しんげむべっぽう)」と書かれた直筆の書が残されている。もともと仏教(禅)の語に由来し、「心の外に別の真理や方法はない」という意味を持つ。
心すなわち人格の外に学問・教育の真の方法はないと説く新渡戸の実学思想は、人格教育を基盤とした実学として理解できる。経済合理性が優先されがちな現代社会において、新渡戸の理念は静かにかつ重く「警鐘」を響かせているように感じてならない。
※1陶冶(とうや)=人の生まれ持った性質や才能を円満に育て上げ、育成・養成すること
※2涵養(かんよう)=水が自然に染み込むように、無理なくゆっくりと物事を養い育てること

一般社団法人職業教育研究開発推進機構
代表理事補佐 宮田雅之