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川廷 宗之(Motoyuki Kawatei)

川廷 宗之(Motoyuki Kawatei)

脚本

泣いた赤鬼

その他

プロフィール

登録日: 2025年8月10日

記事 (31)

2026年4月7日3
「お喋り」は楽しい・・創るのは楽しい・・・・リアルな情報交換はとても大切・・ ・・・No.36・・4月8日発信
これに対し、女性たちの食べ物や着るものを選んだり作ったりの話は、年齢も地域も関係なく、死ぬまで共通の話題たりえる。ただ、こうなるのは、日ごろ女性達は何を食べるか、何を着るか、日々選択して作って(考えて)など、しっかり根付いた暮らしをしているという前提があるからだろう。男性たちの多くは、日々、出されるものを食べ、決まったものを着ているだけであり、その暮らしは(仕事も)誰かにコントロールされっぱなしである人が多い。(定年で仕事を止めるなどして)誰もコントロールしてくれなくなると、どう暮らしてよいか分からなくて困るというくらい「根無し草」である。どちらが楽しいかと言えば、自由に選んだり作ったりしている方(女性たち)、暮らしを生涯、自分でコントロールしている方が楽しいだろう。そして、この楽しさを支えているのは、その根を大きく強く張っていくのに役立つ日々のお喋りも大きい。  最近は料理が好きだったり、おしゃれを楽しむ男性も増えてきて、変化していく兆しはあるが、大筋の傾向は変わっていない様だ。  お喋りは、情報交換でもあるが、自己表現でもあり・・・

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2026年3月17日3
かけがえのない人生・・「名を上げ」ない人にも・・・・人間として「生きる」ということ・・・ ・・・No.33・・3月18日発信
少し古い日本人なら誰でも知っている卒業式の歌に「仰げば尊し」という歌がある。この2番に「身を立て 名をあげ」という一節がある。これらから、殆ど意識していなくても、それとなく伝わってくるのは、「社会の中で認められる人生を送れ」というメッセージであったと思う。(こう思うのは、私だけだろうか。)  しかし、人間として「生きる」という事は「身を立て、名を上げ、志を果たす」ことなのだろうか。そして、「学ぶ」「勉強する」のは「身を立て・・」のためなのだろうか。無意識のうちにも「身を立て・・」パターンに思考が拘束されていると、「生き甲斐」の議論なども「身を立て・・」の内容論になってしまいかねない。そして、もっとも気になるのは、「名を上げられない」人生(例えば、福祉サービスの対象者の人生)は、社会にとって意味のない人生だと切り捨てられてしまいかねない発想である。 この一文も含めて、こういう思索や文章を表現する(言語化できる)のは、何らかの「身を立て」組であることが大半である。そして「言語」で判り合っている人生に、現実生活の・・・

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2026年3月10日3
あたしは ばんごうに なりたくない あたし かずじゃない おなまえがあるの・・・No.32・・3月11日発信
私は、人とのかかわりを考える時、関わる人については、当然、一人一人の人間として個性や特徴や「生きざま」(人生)を意識している。そして、関われない大多数の人につても、その人なりの人間としての人生があるのだろうと考えている。しかし、見聞する社会の多くの場面では、少なくとも個人的に関わっていない人間に関しては、一人一人の人生は消えていて、単なる「数」にされる場合が多い。 国内でも、交通事故死者数〇〇人、自殺者数〇〇人、◇年△組〇〇人、求職者数〇〇人、・・・。国際に目を向ければ、◇△〇国による攻撃で、◆▲●国の死者は〇〇人、。などと日々報道されている。その時に、いつも思うのは、単なる〇〇人ではなく、その〇〇人には一人一人、本人にとっても周りの人にとっても、かけがえのない人生があったのだろうに・・・

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