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「楽しくない」どころか「楽」ですらない!?・VETミッションNo.5・  2025年9月3日発信

現実の日本での日々の暮らしが「楽しくない」人は少なくない。それどころか、「いじめ問題」等で学校嫌いな子供たちや、身の安全が心配(マズローの安全欲求)な人も少なくなく、『楽』ですらない人も多い日日の食べ物に事欠いている方々も少なくない様だ。

世界に目を向ければ、「楽しくない」どころか、「楽」ですらない、人々も多い。戦火の下で、圧政の下で、身の安全(安全欲求)が保障されない、餓死する(生理的欲求)人がいる様な状況すら、報じられている。

 なぜ、このような「楽しくない」どころか「楽」にすらない社会になってしまったか。

特に日本の20世紀後半の社会では、色々な問題もあったが、総じて少なくとも「楽」には暮らせる、あるいは「欠乏欲求」は満たされる社会だったように思う。その後の失われた〇十年が繰り返される中で、経済的問題だけではなく、「人生って『楽しい』ものではない」とか、「日々の暮らしすら『楽』ではない」と思っている人、感じている人が増えているようである。

 この様に身近に「楽」ではない人たちが沢山、存在するようになると、「楽しい」はずの人たちも、何時襲われるか分からず、「楽」ですらなくなっていく。(という現実が目の前にある。)

 何故、こうなってしまったのだろうか。今後、どうなっていくのであろうか。どうすればこの状況を、私たち自身が「楽しい」と感じられる、少なくとも「楽」に生きられるように、変えて行けるのだろうか。私個人の手に負えるような簡単なテーマではないが、自分自身に降りかかかる火の粉を払うためにも、次回から一緒に考えてみませんか。

 ご意見送付先・

    (泣いた赤鬼・川廷 宗之・記)

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今回は、No.③の「「楽しい」と「楽(らく)」は同じか」に寄せられたコメントを、大切な御意見だとも思いますので同時発信しています。お気づきの事、ご意見等、是非ご連絡ください。内容次第ですが、今回の様に公開していきたいと思います。


 
 
 

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