ロボットなら「気楽に」「愛せる」?!?!・VETミッションNo.20・ 2025年12月17日発信
- 川廷宗之
- 2025年12月17日
- 読了時間: 2分
「愛憎を含む」人間関係という意味で、人間とロボットの関係は微妙である。人間関係の基本は対等の共同行動で(食事作りや遊びなどの日常生活の楽しみや、仕事上の活動を含む)創造的行為を行っていくのが基本であろう。そこでは、お互いに「かけがえのない個性や人生を生きる一人一人の人」との関係であって、「相手は自分の道具ではない」という感覚が重要である。しかし、「人間」対「ロボット」となると、話は別だろう。(同じ「生物」である「人間」対「動・植物」の関係も考えなければならないが、ここではロボットに限る。)
最近のロボットの進化は目覚ましい。AI(人工知能)の発展をベースに、人間の五感をほぼマスターしつつある。視覚、聴覚、はかなり前からOKであるし、最近は触覚もOKになり、残るは味覚と嗅覚であるが、この修得も時間の問題になってきた。感覚だけではなく行動面でも、言動ともに単独の言動に関しては、人間より優れた能力を持ち始めている。さらに問題なのは、「考える」ことも、人間が提供した一定の枠組みに従って、自力で答えを出すことが出来る様になってきていることである。いわゆるシンギュラリティ(人工知能が人間の知能を上回る時)は2045年頃だとレイ・カーツワイルは2005年に想定していたが、既に来ているのかもしれない。
こうなると、人間同士の関係よりも、人間とロボットとの関係の方がスムーズに展開するとばかりに、「のび太」と「ドラえもん」のような関係だけになっていくのだろうか。勿論、現実のロボットは「ドラエモン」のように、常に「真に」のび太の味方ではない。だったら壊してしまえと思っても、壊される前に逃げられてしまうであろう。更なる問題は、AIロボットに答えを聞く事に慣れてしまう(親密な関係を作ってしまう)内に、(誰かが意図的・無意図的にコントロールしている)そのロボットの言うなりになってしまう事である。
こういう関係は人間同士の関係にも表れてきていると言えるだろう。それがどういう結果を産むのか、どう対応すればよいのだろうか。「以下、次号」
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